大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(行)1号 判決

東京都千代田区内幸町一丁目一番地四

原告 株式会社帝国ホテル

右代表者代表取締役 犬丸徹三

右訴訟代理人弁護士 秋山賢蔵

同 矢内原泉

東京都千代田区九段一丁目三番地

被告 東京都千代田税務事務所長 西川勝蔵

東京都千代田区丸の内三丁目一番地

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右被告東京都千代田税務事務所長指定代理人 石葉光信

右被告東京都指定代理人 泉清

〈ほか一名〉

右被告両名指定代理人 岡村賢治

右被告両名訴訟代理人弁護士 三谷清

主文

1  被告東京都千代田税務事務所長が、原告に対し、別紙目録一記載の建物につき、昭和三〇年一月一四日付でなした課税標準金四七四、〇二三、七〇〇円、税額金一四、二二〇、七一〇円との不動産取得税賦課決定を取り消す。

2  被告東京都は、原告に対し、金一四、二二〇、七一〇円およびこれに対する昭和三〇年五月二二日から昭和三八年三月三一日までは一〇〇円につき一日三銭の割合、同年四月一日から昭和四五年三月三一日までは一〇〇円につき一日二銭の割合、同年四月一日以降支払いずみにいたるまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

3  原告の被告東京都に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

原告

「1 被告東京都千代田税務事務所長が、原告に対し、別紙目録一記載の建物につき、昭和三〇年一月一四日付でなした課税標準金四七四、〇二三、七〇〇円、税額金一四、二二〇、七一〇円との不動産取得税賦課決定を取り消す。

2 被告東京都は、原告に対し、金一四、二二〇、七一〇円およびこれに対する昭和三〇年五月二二日から完済に至るまで一〇〇円につき一日三銭の割合による金員を支払え。

3 「訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決および金員の支払いを命ずる部分につき仮執行の宣言を求める。

被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  被告東京都千代田税務事務所長(以下「被告所長」という。)は、昭和三〇年一月一四日付徴税令書をもって、原告に対し、昭和二九年法律第九五号による改正後の地方税法(以下「改正地方税法」という。)七三条の二第二項の規定に基づき、別紙目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)について課税標準金四七四、〇二三、七〇〇円、税額金一四、二二〇、七一〇円との不動産取得税賦課決定(以下「本件処分」という。)をし、これに対して原告は、昭和三〇年二月二日から同年五月二一日まで四回に分割して右税額金一四、二二〇、七一〇円を被告東京都に納付した。

原告は、本件処分に不服であったので、地方税法所定の期間内である昭和三〇年一月二七日東京都知事に対して異議の申立てをしたところ、同知事は、昭和三六年七月二九日右異議申立てを棄却する旨の決定をし、同年八月三日原告にこれを通知した。

二  しかしながら、本件処分はつぎの事由により違法であるから、その取消しを求める。

1 本件建物は改正地方税法七三条の二から七三条の四四までの規定の適用前に取得したものであるから、改正地方税法七三条の二の規定を適用する余地はない。

すなわち、改正地方税法(昭和二九年五月一三日施行)附則二〇項は「新法七三条の二から七三条の四四までの規定は、建築された家屋に対して課する不動産取得税については、昭和二九年七月一日から適用する」と規定しているところ、本件建物は注文者原告、請負者訴外株式会社安藤組(以下「安藤組」という。)間の昭和二八年九月一七日付請負契約に基づき、同月二〇日安藤組がその材料をもって工事に着工し、昭和二九年六月一四日ごろ、主体工事が完了して原告においてその引渡しを受けてその所有権を取得したものであるが、右引渡し後も引き続き工事が進められ同年六月三〇日現在では、総工事の約八〇パーセントが完了していた。すなわち、本件建物は、改正地方税法七三条の二の規定の適用の日の前日である昭和二九年六月三〇日現在においてすでに独立の不動産となっていたものであり、かつ、同日までに安藤組から引き渡され、原告においてその所有権を取得していたものである。

2 本件処分は、別紙目録二記載の各物件を含めて本件建物の時価を算定して課税標準の基礎としているが、右各物件は本来、建物の主体構造部分と一体となって、建物としての効用を果しているものではなく償却資産としての独立の動産であるから、これを不動産取得税の課税対象としたのは違法である。

すなわち、本件建物は固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産に該当するので、不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するにあたっては、改正地方税法七三条の二一第二項によって決定すべきところ、同条項は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産については、同法三八八条三項の規定によって示された評価の基準ならびに評価の実施の方法および手続に準じて当該不動産にかかる不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定すると定め、右評価の基準ならびに評価の実施の方法および手続として自治庁長官(自治大臣)の示す固定資産評価基準(以下「自治大臣評価基準」という。)によれば、家屋の附属設備で家屋と一体をなして効用を発揮しているものは、家屋に含めて評価すべきものとされているが、附属設備のうち事業機械と目されるものについては、償却資産として別途評価するものとされている。しかるところ、別紙目録二記載の各物件は、右にいう事業用機械であるから、これらの機械は、本件建物のうちに含めて評価すべきものではなく、したがって、右各物件を本件建物に含めて、これと一体として課税標準価格を算定した本件処分は違法である。

3 また、本件処分は、改正地方税法の解釈運用について、裁量権を濫用した違法がある。

一般に、法が行政庁の自由裁量を認めている範囲内においても、その行政庁の自由裁量には、常に行政の目的による条理上の制約が存するものと解すべきである。もっとも、何が右の意味での条理上の制約であるかは、行政の各領域において具体的に考察すべき事柄であり、租税法の解釈運用にあたっては、①法の目的にしたがい客観的、合理的であること、②平等の原則にしたがうこと、③公平の原則によるべきこと、④比例の原則にしたがうこと、等が要請されているが、行政庁の裁量権の行使にあたっても、右の原則は当然守られなければならない。

改正地方税法は、昭和二九年五月一三日公布され、改正地方税法附則二〇項の規定によって、新築家屋に対して課する不動産取得税は、それから四八日を経た同年七月一日から適用されることとなったのでるが、その期間がきわめて短かいという経過規定の不備から、同法の施行日の前後にわたり新築された建物に対する課税には、予期していなかったものに課税されるという意味において、租税不遡及の原則に牴触する恐れが多分にあり、またその期間にたまたま竣工をみたものと、わずか二、三ヶ月遅れたものとの間で、租税負担の均衡をはなはだしく失する結果ともなるので、自治省は、昭二九年九月二五日、府県税課長発、石川県総務部長宛回答において、別紙不動産取得税に関する自治庁の回答(昭和二九年九月二五日自丁府発第八一号府県税課長発、石川県総務部長宛)のとおり述べて、改正地方税法の運用にあたっては、いたづらに機械的運用にはしらず、具体的妥当性のある按分による課税を考慮すべきことを指示した。

いうまでもなく、通達、回答等は、上級行政庁が下級行政庁に対し行政上の取扱方針を指示するもので、それ自体は法規としての性質をもつものではないが、これらによって法の解釈運用の統一を図るもので、そのもつ意義はきわめて大きく、とくに租税法の領域においては、その規範性、法源性は、他の法領域におけるそれらとは同日に論ぜられない程に重要である。

右の自治省府県税務課長回答は、各都道府県における不動産取得税についての課税の公平、平等という観点からすれば、被告所長としても当然これにしたがわなければならなかったものであるが、同被告はこれを無視して本件処分をなしたものであり、したがって、本件処分には、公平、平等の原則にしたがわなかった裁量権濫用の違法がある。

4 さらに、原告は、本件処分がなされた後、上記のとおり異議の申立てをするとともに、再三被告東京都に対し、本件処分が取り消されるべきものであること、および前記自治省府県税課長の回答に沿った取扱いがなされるべきことについて陳情をしたところ、同被告は当時、訴外住友火災海上保険株式会社(以下「訴外会社」という。)との間において原告ついてと同種の事案が訴訟事件となって東京地方裁判所に係属中であるから、右事件の結果のいかんによっては、訴外会社に対しなんらかの処置をしなければならないようになるかも知れないが、そのような場合には、原告に対しても訴外会社に対するのと同じ取扱いをする旨約し、原告の異議申立てに対する決定を留保していたので、原告においても右事件の結果を待っていた。

ところが、右事件については、不動産取得税の賦課決定を取り消す旨の判決が言い渡されたので、昭和三五年四月ごろ被告東京都は、訴外会社に対し、①さきになした不動産取得賦課決定を取り消す、②取消しによる還付金は、改正地方税法の規定により日歩三銭の加算金を付して返還する、③昭和二九年七月一日現在における課税客体の竣工程度を六八パーセントとし、残り三二パーセントについて、あらためて賦課決定をする、旨、前記自治省府県税課長の回答に沿った処置をとった。そこで原告は、前記の約旨により訴外会社と同一の処置が原告についてもなされるよう再三要請していたが、東京都知事は昭和三六年七月二九日、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。しかし、被告東京都が原告に対し、訴外会社と同じ取扱いをする旨を約し、原告においてこれを承諾したことは、上記のとおりであるから、これを無視してなされた本件処分は信義則に反し違法である。

三  本件右処分は上記のとおり違法であり取消しを免れないところ、原告が昭和三〇年五月二一日までに本件処分に基づいて、その税額金一四、二二〇、七一〇円を納付したことは前記のとおりであって、右税額は誤納というべきであるから、被告東京都は、原告に対し、右税額に相当する金員一四、二二〇、七一〇円とこれに対する右税額を納付した日の翌日である昭和三〇年五月二二日からその完済にいたるまで、金一〇〇円につき一日金三銭の割合によって計算した改正地方税法所定の還付加算金の支払いをする義務がある。

(被告らの主張に対する原告の反論)

一  被告らは、改正地方税法七三条の二第二項にいう「新築された家屋」とは、判例通説にいわゆる独立の不動産としての存在を有するにいたった日というようなあいまいな日を指すものではなく、建物として完成された日とみるべきであると主張する。しかし、旧地方税法(昭和二三年法律第一一〇号による改正後の地方税法、以下「旧地方税法」という。)八八条の規定によって不動産取得税(以下「旧不動産取得税」という。)が創設されて以後昭和二五年法律第二二六号による地方税法の改正により同税が廃止されるまでは、旧地方税法八八条にいう不動産は、それが新築取得にかかる家屋である場合にも、民法上あるいは不動産登記法上の従来の判例通説にいう不動産を意味するものと解され、また、徴税の実際においても屋根があり、柱があり、荒壁がついておれば、これを旧不動産取得税の課税の対象たりうるものとして賦課徴収を行なってきたものである。

ところで、改正地方税法は、七三条の二第一項で、旧地方税法八八条と同旨の規定を設けるとともに、第二項で家屋が新築された場合には、最初に使用または譲渡が行なわれた日をもって、家屋の取得がなされたものとみなす旨規定しているが、同項の規定は、家屋の「新築」の概念について、従来の解釈と異なる新規の解釈をすべきことを示すものではない。すなわち、建築中の家屋について、いかなる程度まで完成したときにこれを家屋とみるかについては、不動産登記関係の従来の判例によれば、単に材木を組み立て、地上に定着せしめ、屋根をふき上げただけでは家屋ということはできないが、これに外壁を塗り終わる程度になれば、家屋として保存登記をなしうるものとしており、旧不動産取得税の取扱いにおいても、右不動産登記の場合と同様に扱われていた。

改正地方税法七三条の二第二項は、特に新築家屋について、最初に使用または譲渡が行なわれた日をもって家屋の取得がなされたものとみなし、同項ただし書において新築の日以後六月を経過して、なお、使用または譲渡が行なわないときは、六月を経過した日に、その家屋の所有者が原始取得をしたものとみなすこととされているが、この場合起算日となる新築の日については、従来の不動産登記関係の判例または旧不動産取得税の取扱い上家屋として完成したものとみなされる日によるべきである。

してみれば、本件建物は、改正地方税法中の家屋の建築に対して課する不動産取得税に関する部分の適用期日である昭和二九年七月一日にはすでに従来の判例によって不動産と認められるべき程度にまで完成していたのであり、当時においては昭和二九年法律第九五号による改正前の地方税法の規定によれば不動産取得税は課せられないものとせられていたのであるから、改正地方税法により不動産取得税を課することは法律不遡及の原則に違反するものといわなければならない。

改正地方税法七三条の二第二項の規定の意義は、右のような取扱いをなすことにより、みずから使用する家屋を新築した場合には、建築工事を行なった建築業者から注文主に引き渡され、注文主が使用するにいたったときにはじめて注文主が原始取得をしたものとみなすこととなること、新築家屋の原始取得の時期については認定に種々の困難を伴うもので家屋について最初の使用または譲渡の時としてその認定を容易ならしめることとなること、および建設業者、住宅会社、建売業者等の新築の段階をもって原始取得があったものとみなして不動産取得税を課税すれば、流通税の性質上、当然、住宅の需要者である一般庶民に転嫁されることが予想され、さらに住宅建築そのものを仰制する結果ともなり現在の住宅事情に適合しないことになるが、このような問題をひきおこすことを避けたものと解される。すなわち、新築家屋についての「最初の使用または譲渡」をもって取得とみるということは、取得時期認定についての「徴税事務上の便宜的取扱」ということであって、取得の対象となる家屋の新築時期について法的基準を示したものではない。このことは、家屋が新築された日から六月を経過しても使用または譲渡が行なわれない場合は、新築の日から六月を経過した日をもって家屋の取得がなされたものとみなすとして、新築の日と、取得の日を区別している同条項ただし書きの規定からも明らかである。

改正地方税法七三条の二第二項の規定の意味内容は、右のような便宜的なもので、被告主張のように、家屋の「新築」について、特別な、新しい概念を設定したものではなく、新築家屋の取得時期を「最初の使用または譲渡」のあった時とみなしうるのは、地方税法が適用されるべき家屋すなわち昭和二九年七月一日以後になってはじめて不動産の取得があったとみるべき程度にまで完成された家屋についてのことであって、同月の前までにすでに不動産取得税に関する地方税の規定があったとすればその課税対象となりうる程度に完成されていた本件建物のような家屋について、同日以後に使用開始があったとして、実質的に法律を遡及させて不動産取得税を課するような解釈は、徴税に偏重したもので、恣意的な解釈であるといわなければならない。

二  被告らは被告所長が東京固定資産評価要綱(以下「都評価要綱」という。)によって本件建物の評価をした方法は適法である旨主張するが、右主張は失当である。

1 改正地方税法七三条の二一第二条は、自治大臣評価基準に「準じて」不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものと定めているところ、本件において被告らは、都評価要綱が自治大臣評価基準にのっとっていると主張するが、本件建物の評価は、ほとんど同じ時期になされた訴外会社(海上火災保険株式会社)の場合とほぼ同じ方法で評価がなされたものと推認されその方法は別紙東京都固定資産評価要綱(抄)のとおりと考えられる。そこでこれを自治大臣評価基準と対比すると、前者は抽象的、概括的であるのに対し、後者はきわめて具体的、個別的であって、都評価要綱は、自治大臣評価基準に隔たることきわめて大きいものと認められる。

2 被告らはまた、自治大臣評価基準は、本来、市町村長に対し、技術的援助の方法として示されたにすぎなかったのであるから、改正地方税法七三条の二一第二項の意味するところは、自治大臣評価基準そのものによらなくても、これに準じたものといえるものによれば足りるという趣旨で、いわば訓示規定であると主張し、同法三八条二項には、「固定資産の評価に関して市町村長に対し、左の各号に掲げる技術的援助を与えなければならない」と規定し、また同法七三条の二一第二項には「第三八八条第三項の規定によって示された評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続に準じて、当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとする。」と規定しているが、しかし、自治大臣評価基準は、固定資産税のための評価のうえでは技術的援助にすぎず、不動産取得税のための評価については右基準にしたがうべく義務づけられていることは、前記二条を対比すれば明らかである。

なお、改正地方税法三八八条は、昭和三七年法律第五一号によって改正され、自治大臣評価基準は、固定資産税のための評価のうえでも、単なる技術的援助としてされるものではなくなり、同時に同法七三条の二一第二項中の「準じて」という文言も「よって」と改正されたことは被告ら主張のとおりである。しかるところ、被告らは、右の改正によって不動産取得税に関しても、自治大臣評価基準は、従来技術的援助にとどまったものが、はじめて、法的拘束力をもつにいたったものであると主張するが、しかし、右の改正は、本件におけるように、法律の解釈を誤って独自の評価方法による評価をなす者に対し、立法的にその取扱いを明らかにして解決をしたものであって、むしろ原告の主張に沿った改正であると解すべきである。

3 被告らは、自治大臣評価基準の法的拘束力は、不動産評価の方法に限られ、何を不動産とするかについてまでの認定には拘束力はないと主張する。たしかに、概念的には、不動産の評価と、評価の対象たる不動産が何であるかということとは別個の事柄に属する。しかし、本件においては、右の両者を概念的に区別する実益はなく、また、自治大臣評価基準が、評価の方法については法的拘束力を有し、家屋の範囲をどのように認定するかの点については法的拘束力を有しないと解すべき根拠はない。かえって、自治大臣評価基準は、家屋に含めるべき附属設備について、その附属機械を償却資産として別途評価すべきものとしているし、また、家屋の各構造部分について細かく分析し、家屋に含まれる部分については個々に評価する方法を定めているから、その面から家屋の範囲も定められていると解される。すなわち、自治大臣評価基準は、家屋の範囲とその評価の方法について基準を定めているのであるから、両者について、共に法的拘束力をもつものと解するのがきわめて自然であり、一方には法的拘束力があるが、他方には法的拘束力がないとすべき理由はない。

4 被告らは、不動産取得税の課税標準は、不動産を取得した時における不動産の価格とし、その価格は「適正な時価」をいうものと規定されており、(改正地方税法七三条の一三第一項、同法七三条五号参照。)、右の「適正な時価」とは、社会的客観的に公正な市場価格をいうものと解すべきで、その価格の算定はどのような方法でなされても結局同法の要求する「適正な時価」であればよいのであって、自治大臣評価基準は市町村長らに対する技術的援助の方法として示されたにすぎないと主張する。しかし、諸税法の規定の中に、「時価」という文言が使用されている例は少なくなく、すべての場合に共通した、社会的客観的に公正な市場価格が存在するとすれば、これらに共通した評価方法がなければならないけれども、そのような評価方法はなく、それは、ひっきょうそれぞれの課税目的に照らして「適正な時価」が決定されればよいのであって、その意味において「適正な時期」という概念は相対的概念である。また、改正地方税法は、不動産取得税の場合の「適正な時価」は自治大臣評価基準にしたがって算定した価格をいうものとしたのであり、この意味において「適正な時価」は擬制的である。そして、自治大臣評価基準が整備されるにしたがって、それによって算定される価格は、不動産取得税の課税目的に適した客観性をもった公平な時価となるとともに、他方各市町村間における課税の適正、公平が期待できるのである。したがって、右のような機能を有する自治大臣評価基準によらないで算定された価格は不当であり、これを課税標準価格としてなされた本件処分は違法である。

三  被告らは、仮に本件処分にかかる課税標準価格が自治大臣評価基準にしたがわない違法があるとしても、右基準にしたがった価格は、四三五、七八一、六〇〇円であり、その不動産取得税額は一三、〇七三、四四〇円となるから、これを超過する部分のみが取り消されるべきであると主張する。しかし、原告の不動産取得税についての具体的納税義務は、被告所長の本件処分によって形成されたものであるところ、本件処分が課税標準価格の算定において違法であるため取り消されることになれば、本件処分によって生じた原告の納税義務は消滅する。したがって、改めて課税処分がなされない以上原告に納税義務の生ずるいわれはなく、また、本件処分が右の点において違法である以上、後日適法な算定による価格が証明されたからといって、その違法は治癒されないというべきである。

第三被告らの主張

(答弁)

一  請求原因第一項の事実を認める。

二  同第二項の事実のうち、本件建物の請負契約および工事の進捗状況に関する事実は認める。

(主張)

一  本件建物の取得時期について

1 不動産取得税は、旧地方税法においても「不動産の取得に対し、その価格を標準としてその取得者に課する」ものと規定され(旧地方税法八八条)昭和二五年法律第二二六号による地方税法の改正に伴い廃止され、さらに昭和二九年法律第九五号によって再び創設されたものである(改正地方税法)。

ところで改正地方税法七三条の二第一項は旧地方税法八八条と全く同様な規定であるが旧地方税法と異なり改正地方税法は家屋が新築された場合における賦課期日および納税義務者を改正地方税法七三条の二第二項によって明確にした。同項はいわゆる建売業者等の形式的な建物取得に対する不動産取得税の課税を防止する目的も有するものであるが、このような規定がなかった旧地方税法においても、建設業者による形式的な建物取得に対しては改正地方税法と同様不動産取得税を賦課することはなかったし、また特別の場合(建物未完成の状態で放置してあるような場合)を除いては、本件建物のように建築途上である場合には、判例にいうところの「建物として遇しうべき域に達した時」をもって建物の取得があったものとして不動産取得税を賦課した例はないのである。

不動産取得税は他の流通税と同様、取得者の取得した経済的利益に着目し、担税力の存在を認めて賦課されるものであるから、一応経済的利益がこれ以上増加しないと考えられる状態を捉えるべきものであって、経済的利益が増加中の一時点であるにすぎない「建物として遇しうべき域に達した時」(仕上工事等の大部分は完了を要しないこととなるであろう。)を捉えて不動産取得税を賦課することは、税の本質からしても適当でなく、また、改正地方税法七三条の二第二項が、「家屋が新築された場合」とか「家屋が新築された日」と過去形の文言を用いてその日の特定できることを予定していることからしても、新法が建築工事の一時点にすぎない「建物として遇しうべき域に達した時」のように不明確な日をもって不動産取得税の賦課期日をきめる基準日とすることを予定しているとは、到底考えることができない。さらにまた、改正地方税法七三条の二第六項は主体構造部の取得者以外の者(建物賃借人となるであろう)が造作その他の附帯設備(動産である)を附加した場合でも、これを主体構造部の取得者があわせて取得したものとみなして不動産取得税を賦課すべきことを規定しているが、右造作等の附加は、建築物が「建物として遇しうべき域に達した時」(近代的ビル建物ではこの時点をいつとみるべきか明白でないが)以後なされるのが普通であって、この時点には右造作等は未だ附加されていないはずであるから、原告の主張にしたがうならば本項は存在意味のないものとなる。

2 かりに改正地方税法でいう「家屋が新築された場合」「建築物が建物として遇しうべき域に達した場合」を意味するものであるとしても、その状態になった時に建築依頼人が当然に原始取得するものではなく、契約にしたがって建築請負人からの引渡しをうけて始めて依頼人が取得するのである。したがって本件建物が昭和二九年六月三〇日までに「建物として遇しうる域」に達していたとしても、その時点にこれを不動産として取得していた者は請負人であった安藤組であって、原告は本件建物の引渡しをうけた同年一二月始めに、本件建物を承継取得したことになるものであって、引渡しをうけた時点における建物価格を課税標準とする不動産取得税を免れないことになるはずである。

「家屋が新築された」という概念は特別の定義が設けられていない限り社会通念にしたがうべきであって、これによれば、「建築物が建物本来の用途に応じて現実に使用しうる程度に完成された」ことを指すのであって、本件建物のように近代的な鉄骨鉄筋コンクリート造地下二階付七階のホテルである場合には、少なくとも給排水衛生設備、照明設備、昇降機設備が相当程度備えつけられること、内外装工事もある程度完了していることを要するのである。しかるに本件建物は昭和二九年七月一日当時においては、たかだか主体構造部のコンクリート打ち工事が完了していた程度であって、各種の附帯設備は取付けも始まっていないし、内外工事も同様であったのであるから、「建物として遇しうべきもの」であったかどうかも疑問である。のみならず、原告が改正地方税法七三条の一八および東京都都税条例四五条に基づいて東京都知事に提出した不動産取得税申告書には、不動産の取得年月日として昭和二九年一二月三一日が記載され、また建築基準法七条三項による工事完了検査済証の交付(工事完了と認められる時に交付される。)が同年一二月三日に行なわれていること等から考えて、本件建物が「建物として本来の用途に使用しうる状態」になったのは早くても同年の一〇月ごろであると考えざるを得ないものであり、したがって改正地方税法でいう「家屋が新築された日」というのは、同年七月一日以後であったとみざるを得ないものである。

二  本件建物の評価について

1 原告の主張する別紙目録二記載の物件については、(二)地階厨房設備の全部および(五)厨房設備の全部を除いては、本件賦課処分における課税標準である本件建物の価格算定において、建物構成部分として扱ったことは認めるが、つぎに記載するもの(個別の機械名は略す。)は自治大臣評価基準においても家屋の一部として評価されるべきものである。

(一) 冷暖房設備中

(1) 給汽設備(チ)、(ヲ)、(カ)~(ソ)

(2) 温湿度調整設備(ニ)、(チ)、(ワ)、(タ)

(3) 給気設備(ニ)、(ハ)

(4) 排気設備(ハ)、(ニ)、(ト)

(二) 衛生設備

(1) 上水給水設備(ハ)~(ヘ)、(チ)

(2) 雑用水給水設備(ホ)、(ト)、(チ)

(3) 給湯設備(ハ)、(ニ)、(ホ)

(4) 排水普通気設備(ハ)~(ヌ)、(ヲ)

(5) 消火設備(ハ)~(リ)

(6) 衛生器具設備 全部

(7) 瓦斯設備 全部

(8) 塵介焼却炉設備(イ)、(ロ)

(三) 電気設備

(1) 受変電設備(レ)~(ツ)

(2) 予備発電設備(ニ)

(3) 電灯動力幹線配管配線(イ)~(ニ)

(4) 電灯コンセント設備 全部

(5) 照明器具供給取付 全部

(6) 避雷針設備 全部

(7) 電話設備配管配線(イ)、(ハ)、(ニ)

(8) 電気時計設備(イ)

(9) 給仕呼出信号設備(イ)~(ハ)

(10) 自動手動火災報知機設備(イ)~(ヘ)

(11) テレビ受像設備(イ)、(ロ)

2 改正地方税法七三条の二一第二項は、固定資産課税台帳に価格の登録されていない不動産については、改正地方税法三八八条三項による自治大臣評価基準に「準じて」不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定すべき旨規定している。法文上「準じて」というのは、「よって」または「したがって」という場合とは異なり、ある一定の規定または事柄を基準として、これに則っとるが、その規定または事柄を離れて別の規定を設け、あるいは取扱いを定めまたは計算することなどをいい、その規定をそのまま適用しなければならないことをいうものではない。したがって不動産取得税の課税標準となる価格を決定するに当たり、自治大臣評価基準をそのまま適用せず、右基準に則っとって作成したものにしたがって右価格を算出決定しても右基準によらなかったということだけで価格が違法になるものではない。問題は右基準に則っとったといえるかどうかにかかるのである。

(一) 被告所長が本件について適用したのは都評価要綱であって、原告が主張するように家屋の附属設備に附属する機械類(主としてポンプモーター)については、自治大臣評価基準では償却資産として評価することになっている(同基準第二章家屋八附属設備の評価)のに、都評価要綱では、もっぱら、かつ直接に家屋の効用を増すために設けられた設備は、家屋とその諸設備がその所有者を異にする場合を除き、家屋の一部として家屋の価格に包含される(同要綱第三章家屋の評価第一節三八項家屋の範囲(2))ものとしているので、右機械類を家屋の範囲としている点で自治大臣評価基準と相違しているものであるが、この程度の相違を理由として都評価要綱が自治大臣評価基準に則っとっていず、したがって準じたものでないと結論することはできない。

3 のみならず、右自治大臣評価基準が示達された昭和二八年七月一五日当時の改正地方税法四〇三条によれば固定資産の価格の決定は所定の場合を除き、市町村長(特別区の存する区域については、同法七四三条一項により都知事、以下同じ。)の独自の判断と責任をもってなすべきこととされていたことよりしても、右基準は本来市町村長に対し、技術的援助の方法として示されたにすぎず、全国一律に右基準で評価させるという趣旨ではなかったのであって、改正地方税法七三条の二一第二項の意味するところも、自治大臣評価基準そのものによらなくても、これに準じたものといえるものによれば足りるという趣旨であったのであり、結局右規定は訓示的なものであったと解すべきである。

4 ところで、都評価要綱は、固定資産税の課税客体である固定資産を評価するため昭和二六年に作成され、同年度分の固定資産評価以来使用されてきたものである。当時、地方財政委員会は、地方税法三八八条二項の評価基準を定めていなかったので、昭和二六年六月一五日付地財委税第一〇三九号をもって、各都道府県に対し「家屋評価参考資料の送付について」の通達をし、その中で参考として旧税であった家屋税の家屋評価につき大蔵省当局がよりどころとしていた家屋税事務規程(昭和一八年一〇月一日付東京財務局長訓令第三一号)を示したが、右規程によれば自治大臣評価基準で償却資産として評価すべきものとされた附属機械類についても家屋の時価に包含するものとされている(同規程第七章特殊家屋第二節ビルディング一七六項)のである。そして、都評価要綱は右通達で示された右規程を基にして、学識経験者一〇余名からなる東京都固定資産評価協力委員会の意見を参考として作成されたものであって右経緯からしても、前記附属機械類を家屋の範囲とする方が妥当であることは明らかである。

このことは、昭和二五年度分の固定資産税における家屋の価格が賃貸価格の九〇〇倍とされ、この賃貸価格は前記家屋税事務規定によって前記附属機械類を家屋の一部としていたこと、この附属機械類は自治大臣評価基準が作成され示達されるまでは家屋の一部として扱われていたこと等を合わせ考えると、突然この附属機械類を家屋から除外することこそ妥当ではないのである。被告東京都においても、右自治大臣評価基準が示達された当時、右機械類を家屋の範囲から除外すべきであるかどうかについて検討を重ねたのであるが、自治省当局も都評価要綱の内容をもって支障はない旨の意向を示したので改訂するに至らなかったものである。

(二) 自治大臣評価基準自体も家屋の範囲を絶対的に確定したものであるとはいいがたい。同基準は「左表上欄の附属設備に附属する同表下欄に例示する機械で事業用のもの(左表上欄の附属設備であっても、事業用のもので帳簿上家屋と別個に償却資産としている場合を含む。)については償却資産として別途評価するものとし」と規定しているが、これによれば、まず附属機械類が事業用のものであれば(その意味は家屋そのものが事業用のものであればというと同旨であろう。)償却資産として別途評価するものとするのであって、事業用のものでないときは固定資産税の客体にさえならないとするのであるか、償却資産としては扱わないで家屋の一部として扱うというのか明らかでない。

つぎに、「左表上欄の附属設備」そのものは原則として家屋の範囲に入れるものであるが、家屋が事業用であり、かつ、家屋の所有者がこの附属設備を帳簿上家屋とは別個に償却資産として経理していれば償却資産であることになるから、「左表上欄の附属設備」自体右に述べるところにしたがって、家屋の一部となったり、そうでないことになったりするわけである。

さらに、右規定は翌年度の改正自治大臣評価基準(昭和二九年一一月一九日付自丁市発第六七号)によって「左表下欄に例示する機械で事業用のものは通常は償却資産として評価するものとし」と改正され、特別の場合には償却資産としないかのようである。自治省が前記附属機械類の取扱いに関する規定をこのように改正した理由は、結局右附属機械類を確定的に家屋の一部としないこととすることに躊躇を感じていることを示しているのである。

(三) 改正地方税法三八八条は昭和三七年法律第五一号により改正され、自治大臣評価基準は市町村長に対する技術的援助の一方法としてでなく、かつ通達で示されるものでもなく告示をもって示されるものとなり、同時に同法七三条の二一項第二項も「準じて」でなく、「よって」となったものである。しかも、前述の改正規定は約二年の猶予期間中に自治大臣評価基準による各市町村における評価機構の充実強化および職員の資質向上を図らせるようにするとともに、右基準の第二章家屋第四節に経過措置に関する規定を設け、「昭和三九年から四一年度までの各年度に限り、市町村長はその実情に応じて構造、規模、程度等の別に標準家屋を選定し、当該標準家屋の再建築費評点数に比準して各個の家屋の再建築費評点数を算定しても差支えない」ものと定め、右三年間についても比準方式による評価を許容し、右基準による完全評価(一棟毎に評価すること)を強制していないのである。このことは、それまで大部分の市町村が右基準による評価を実施していなかったことを自治省が是認していることを物語っている。これは、また右基準が従前法的拘束力をもっていなかったことを示すものである。

(四) 叙上のとおり、現行基準は固定資産の評価上、「準じて」でなくて「よる」ことを要するのであるが、これによれば、前記の附属機械類は家屋の範囲とされているのである。このことは結局自治省自体が右附属機械類を家屋の範囲に入れるべきものであることについて、同意するにいたったものであることにほかならない。

3 仮に本件処分当時の自治大臣評価基準が不動産取得税の課税標準価格の決定について、当時法的な拘束力を有するものであったとしても、その拘束力は評価の方法に限られるのであって、評価の対象、すなわち、なにを家屋とするかについてまで拘束されるものではないと解する。

なるほど、課税標準たる価格は、改正地方税法七三条の二一第二項に基づき三八八条三項によって示された評価の基準等に準じて決定すべきものであるが、ここに評価というのは、ある不動産が存在する場合に、その価格すなわち適正な時価(改正地方税法七三条五号参照)を算定することなのであって、評価ということと評価の対象たる不動産を具体的にいかに把握するかということは、それぞれ別個の概念に属するものである。

ところで、不動産ことに家屋の意義については、改正地方税法七三条三号および三四一条三号において住宅、店舗、工場、倉庫、その他の建物をいう(ただし、発電所および変電所については、後者においては含まれ、前者においては含まれない)と規定するだけであるから、ある家屋について、具体的にいかなる範囲、部分までを家屋の一部と認めるかどうかは一般社会通念に照らして判断すべき問題であり、窮極的には裁判所の判断によるべきものであって、家屋の評価自体とその評価対象たる家屋の範囲をどのように認定するかという問題とは別個の事項であって、この点は規定の文理上からも明らかなことである。

そして、評価ということは不動産の範囲の認定の問題とは本質的に異なり、きわめて専門的な知識経験を要するものであるので、法律はとくに自治大臣が評価の基準等について市町村長等に対し技術的援助を与えるように定めているのである。もっとも、右基準中には家屋に含めるべき附属設備について、その附属機械類を償却資産として別途評価すべき旨の規定があるけれども、これは家屋の評価方式として、家屋の主体部分と同様附属設備も個々の部分に分析してその一つ一つについて標準評点数を示して計算する仕組みになっている関係上、個々の附属設備について、いかなる範囲までを家屋に含めるべき設備と認めるかどうかを決める必要があるので、この点について自治省としての見解を示したもので、家屋に含めるべき附属設備の範囲いかんという問題は、前述のように一般社会通念によって判断すべきものであって、どのような評価方式によるかということと、その対象物の範囲をどのように決めるかということとは別個のことがらである。そうだとすると、附属設備の範囲すなわち家屋の範囲の問題についてまで、評価方法自体と同様に自治省の見解によって市町村長らが法律的拘束をうけるとはとうてい考えられない。したがって、単に自治省の見解にしたがわなかったという一事をもって直ちに違法とすることはあたらないのである。

4 右に述べた主張はさておいても、改正地方税法は不動産取得税の課税標準について、不動産を取得した時における不動産の価格とする旨(改正地方税法七三条の一三第一項)およびその価格は適正な時価をいう旨(改正地方税法七三条五号)を規定するのみであるから、結局右課税標準価格は社会的客観的に公正な市場価格をいうものと解すべきであって、家屋について考えた場合、その構成部分が法で明定されない限り、社会通念にしたがってその範囲を判断し、その範囲における家屋について適正な時価を決定すべきものである。

前記自治大臣評価基準は右にいう適正な時価を見出すべき方法として示されたものであって、すべての地方公共団体がこれによって価格を決定するならば、一応全国的に均衡のとれた価格が決定せられるであろうことは期待できても、そのすべての価格が常に法の要請するとおりの適正な時価であることを保障するものではない。前記自治大臣評価基準自体に不備が全くないとはいえないし、また、右基準によれば機械的に価格が算出され、何人がやっても一致した価格となるというわけでもなく、誤りや個人差ということもありうるのであって、決定された価格が適正な時価たりえないことも生じうるのである。したがって、評価に当たり、そのよった基準が前記自治大臣評価基準であるという理由で価格が適正な時価であると主張することはできないし、適正な時価を超過していれば超過部分については賦課処分の一部取消しを免れない。また、決定した価格が適正な時価を超過しないならば、そのよった基準がどのようなものであるかを問わず、取り消されることはないのである。

そもそも、適正な時価をどのようにして求めるかは行政庁の内部手続きにすぎないことであって、特別な行政行為をする場合に必要とされる先行手続きにはあたらないのであり、どのような算出方法によったかということは、結局法の要求する適正な時価であること、もしくはそれを超過しないものであることの証明方法の一つとなるにすぎないのである。

5 仮に法にいう適正な時価というのが、前記自治大臣評価基準によって算出されたものであるとすれば、本件建物の価格は四三五、七八一、六〇〇円であり、したがって税額は一三、〇七三、四四〇円となるから、右税額を超過する一、一四七、二七〇円の取消しを求めれば足り、本件処分全部の取消しを求める原告の主張は失当といわざるをえない。

三  裁量権濫用等について

1 原告は、本件処分が裁量権の濫用に当たる旨の主張をしている。

しかしながら、被告らは課税に関する行政は、とくに法令によって厳格に規定されているのであって、課税庁はただ機械的に関係法令を適用執行する義務を負うだけで、自由裁量によって処分を斟酌できる余地は与えられていないのである。課税について不公平不平等があるとすれば、その是正は立法上なされるべきことであり、立法上その是正が図られていないのに、裁量によって是正することは結局法令に違反することになり許されないことであるから、課税に関する部分について裁量しないことによる裁量権の濫用ということは、とうてい考えることができない。

また、原告が主張するような課税の不公平不平等ということは新たに税が創設されたり、税率が変更になったりした場合には、その施行の前後にわたって必ず納税者側に有利不利ということが生ずるのであって、その点に関する立法的な解決がなされない限り、事柄の性質上やむをえないことである。少なくともそれは税法の適用執行上の不公平不平等とは別個の問題である。

改正地方税法は附則二〇項によって不動産の承継取得の場合には改正地方税法公布の昭和二九年五月一三日から施行されたのに、本件のように新築された家屋の取得については約一ヶ月半の猶予をおいて同年七月一日から施行することとして、立法上の配慮をしているのであるから、右猶予期間が短かくて不当であったとしても、それは前述のとおり立法技術上の問題であって、家屋の新築が右七月一日以降である限り、課税する建前を改正地方税法がとっている以上、この点においては同法の適用執行上の不公平不平等ということは生じないものといわなくてはならない。

原告の援用する前記回答は、改正地方税法施行時、建築工事中であった建物については、同年六月三〇日現在の工事出来高に対応する価格に対する税額を減額してよい旨指示したものではない。右通達は改正地方税法附則二〇項にいう「建築された家屋」というものの概念について、建築工事が完了している場合を指すものであることを明らかにするとともに、施行日の前日(昭和二九年六月三〇日)においてすでに建物の一部について工事が終了しているときは、その部分の価格に対する税額を減免することはやむをえない旨をいっているにすぎないのである。そして建物の一部について工事が終了しているというのは、主体構造部分とか内装部分というような構造上の一部について工事が終了しているということではなくて、建物中の特定の部屋とか特定の階のみについて工事が完了し、その部分だだけについてみると使用に供しうる状態になっていることをいうのである。これは、建築依頼人の都合によっては特定の部屋とか特定の階のみを他の部分に先だって完成させ使用に供せしめる例があるので、本来一個の建物としては新築されたとみることはできないが、特定の部屋とか特定の階に限ってみれば新築されたとみてもよい状態であることを考慮したものである。このことは同通達がなお書きで一個の建物について部分的に使用開始があっても、工事が続行しているときはその部分ごとに課税するのは適当でない旨を述べていることからもうかがうことができるのである。

2 原告は、本件処分が信義則に違反すると主張するが、東京都主税局の関係職員のだれかが、訴外会社対東京都中央税務事務所長外一名間の訴訟事件(以下訴外事件という。)の判決結果にしたがい、原告に対する賦課処分も同様な処理をする旨、行政上の方針として述べたであろうことはありうることであるが、訴訟事件の判決は、東京都主税局の予想もしなかったところの課税標準価格の違法を理由として賦課処分の取消しを命ずるものであった。したがって主税当局としては、訴外事件について控訴すべきものであったのであるが、訴外会社が逆にいち早く控訴したこと、主税当局のもっとも関心をもっていた不動産取得税の課税権は全面的に肯定されたものであったこと、訴外会社のそれまでの努力も尊重すべきものであると考えたこと等から、あえて控訴することとしないで、判決理由の趣旨に基づいて、改めて課税標準価格を決定し課税処分をなすべく手続中であったところ、訴外会社は、昭和三四年一二月八日突然、中央税務事務所長に対する賦課処分に関する控訴を取下げ、東京都主税局に対して、右控訴取下げにより賦課処分取消しの判決は確定したこと、賦課権は地方税法一八条の規定により時効消滅し、存在しないから改めて訴外会社に賦課処分をすることはできない旨の申立てをした。そこで、主税当局は右の問題について自治省や内閣法制局等に対しその見解をただしたところ悲観的な意見が強く、税額の全部(還付加算金を含めると約二、四〇〇万円となる。)を返還しなければならないこととなったので、訴外会社の了解をえて、おおむね原告主張のような内容の減額更正処分をするの余儀なきことにいたったのである。

右のような次第で、主税当局の職員が原告に対して、訴外事件の判決前、処理方針を示したとしても、それはことの性質上前述したような賦課に関する行政上の方針を示したにとどまり、原告のいうような契約というものではないし、またそれは、予想しなかった問題発生のために、判決の趣旨にもしたがわない臨機のものとしてなされた例外的な扱いをも含めて同様な処理をするとの意味まで有していたものではない。

第四証拠関係≪省略≫

理由

第一被告東京都千代田税務事務所長に対する訴について

一  被告所長が改正地方税法七三条の二第二項の規定に基づき昭和三〇年一月一四日付徴税令書をもって原告に対し本件建物につき課税標準金四七四、〇二三、七〇〇円、税額金一四、二二〇、七一〇円との不動産取得税賦課決定(本件処分)をしたこと、原告が本件処分を不服として改正地方税法所定の期限内である同一月二七日東京都知事に対し異議の申立てをしたところ、同知事が昭和三六年七月二九日右異議申立てを棄却する旨の決定をし、右決定が同年八月三日原告に通知されたこと、本件建物については注文者原告、請負者訴外株式会社安藤組間の昭和二八年九月一七日付請負契約に基づき同月二〇日右安藤組がその材料をもって新築工事に着手し、昭和二九年六月一四日ごろには本件建物の主体工事が完了したがその後引き続き工事が進められ、同年六月三〇日現在においては総工事の約八〇パーセントが完了していたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  しかるところ、原告は、本件建物を改正地方税法の規定が適用される昭和二九年七月一日前においてすでに不動産として取得したものであるから改正地方税法七三条の二第二項の規定の適用の余地はないと主張し、被告らは、本件建物の取得の日は改正地方税法附則二〇項および七二条の二により同条の規定の適用の日以後であるから、本件処分は適法である旨主張して争うので、まず、この点を検討する。

1  改正地方税法七三条の二は、同条一項において不動産取得税は不動産の取得に対し、当該不動産所在の道府県(同法七三四条により都)において、当該不動産の取得者に課する旨を、また、同条二項本文において「家屋が新築された場合においては、当該家屋について最初の使用又は譲渡(住宅金融公庫、日本住宅公団、地方住宅供給公社又は家屋を新築して譲渡することを業とする者で政令で定めるものが注文者である家屋の新築に係る請負契約に基づく当該注文者に対する請負人からの譲渡が当該家屋の新築後最初に行なわれた場合は、当該譲渡の後最初に行われた使用又は譲渡)が行われた日において家屋の取得が行われたものとみなし、当該家屋の所有者又は譲受人を取得者とみなして、これに対して不動産取得税を課する」旨をそれぞれ定めているが、その趣旨は、右同条二項の規が存しない場合(旧地方税法八八条参照)には、同条一項の規定により不動産を取得した場合に不動産取得税が課税されることとなり、この場合における右不動産とは一般私法における通常の用語例と別異に解すべきいわれはなく、これを家屋についていえば、すでに屋根および囲壁を有し土地に定着した一個の建造物として存在するにいたるをもって足りる(大判昭一〇、一〇、一民集一六七一ページ参照)と解され、したがって、請負契約に基づき家屋を新築する場合には、請負業者が、まず、新築家屋を原始取得し、次いで当統家屋を請負業者から注文者に引渡し譲渡したときに注文者がその所有権を取得することになり、法的には請負業者と注文者に二重に不動産取得税が課税されることとなって課税理念からみて不合理であるので、前記同条二項の規定を設け、家屋が新築された場合には、当該家屋について最初の使用または譲渡が行われた日において当該家屋の取得があったものとみなし、請負業者の家屋の原始取得に対する不動産取得税の課税を避け、実質上の取得者、すなわち、当該家屋の最初の使用者または譲受人に課することとしたものと解される。このことは、同項本文カッコ書において、住宅金融公庫、日本住宅公団、地方住宅供給公社または家屋を新築して譲渡することを業とする者が注文者である家屋の新築に係る請負契約に基づく当該注文者に対する請負人からの譲渡が当該家屋の新築後最初に行われた場合には、当該譲渡の後最初に行われた使用または譲渡が行われた日において家屋の取得があったとみなしていることからも明らかである。

この点に関し、不動産取得税は取得した不動産の価格を標準として課するものとされている(改正地方税法七三条の一三第一項参照)から、完成にいたらない建築工事の一時点にすぎない建物として遇しうべき時期において当該家屋の不動産取得税標準価格を算定することは不合理であるとの見解があり、被告らもこれを前記主張の根拠とするもののごとくであるが、しかし、本件建物のように新築された建物である場合には、改正地方税法七三条の二一第二項の規定によれば、道府県知事は固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産については、改正地方税法第三八八条第一項の固定資産評価基準によって当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定することとされているから、不動産取得税の課税標準価格が算定されるまで、徴税の時期が繰り延べられるにすぎないと解するを相当とし、このことは改正地方税法七三条の二第六項の趣旨にも合致するというべきである。また、被告らは、原告が東京都税条例四五条に基づいて東京都知事に提出した不動産取得税申告書には不動産の取得年月日として昭和二九年一二月三一日が記載され、また、建築基準法七条三項により工事完了と認められるときに交付される検査済証の交付が同年一一月二九日であったこと、本件建物の竣工式が同年一二月三日に行われていること等から考えて、本件建物が建物として本来の用途に使用しうる状態になったのは早くても同年一〇月頃であったと考えざるを得ない旨主張し、≪証拠省略≫中にもこれに沿うもののごとき部分があるが、右は本件建物の建築工事の一切を完了した時期に関するものであって、不動産取得税課税上の不動産取得の時期は家屋の建築については屋根および囲壁を有し土地に定着した一個の建造物として存在すれば足りるものとなること前示のとおりである。

2  ところで、以上の観点に立ってこれをみれば、『改正地方税法附則二〇項は、「新法七三条の二から七三条の四四までの規定は、建築された家屋に対して課する不動産取得税については、昭和二九年七月一日から適用する」と定めているが、その趣旨は、不動産取得税は一般的には改正地方税法施行の日である昭和二九年五月一三日以後の不動産の取得について課するのである(改正地方税法附則一項)が、建築された家屋の取得については、他の一般の不動産の取得の場合と異なり、請負人が新築に着手してから注文者にこれを譲渡するまでにかなりの期間を要し、譲受人が予測しなかった不動産取得税の負担を負うこととなることを考慮して、経過的措置として特に同年六月三〇日まで同法七三条の二の規定の適用を猶予したものと解せられる。したがって、建築された家屋に対しては、同年七月一日以後に最初の使用または譲渡があった場合に使用者又は譲受人に不動産取得税を課することができるが、同日前に最初の使用または譲渡があった場合には不動産取得税を課することはできないと解するを相当とする。』

そこで、本件についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は主体工事を安藤組が原告から昭和二八年九月一七日請負契約に基づき請負い、昇降機設備工事を訴外三菱電機株式会社が、冷暖房、衛生ならびに電気設備工事を訴外三機工業株式会社が昭和二八年一〇月ごろそれぞれ原告から請負ったこと、その代金は原則として工事の出来高に応じ支払われたこと、昭和二九年六月三〇日現在において本件建物の主体工事はほぼ完了し、これと付帯工事をあわせると工事全体として約八〇パーセント程度完成し、原告において右建物の管理を始めたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右すべき証拠はないから、これらの事実を総合すると、本件建物は昭和二九年七月一日の不前日までにすでに請負人である安藤組から注文者原告がその引渡し譲渡を受けたものというべきであるから、これに対して不動産取得税を課することはできないといわなければならない。

三  それゆえ、本件処分は、原告のその余の主張について判断するまでもなく違法であり、取消しを免れないといわざるを得ない。

第二被告東京都に対する訴について

一  原告が本件処分に基づき不動産取得税一四、二二〇、七一〇円を昭和三〇年二月二日から同年五月二一日までに四回に分割して被告東京都に納付したことは当事者間に争いがない。ところで、原告が被告東京都に右金員を納付した法律上の原因は本件処分に基づき発生したものであるから、本件処分が前記のとおり違法であって、これを取り消す判決が確定すれば右金員納付の法律上の原因を欠くこととなって、被告東京都は不当利得として原告に右納付にかかる金員を返還すべき義務を生ずるわけであるから、右金員の返還を求める上記被告東京都に対する訴は一種の将来の給付の訴であるといわなければならない。そして、将来の給付の訴は予じめ請求をする必要がある場合に限ってこれを提起することができることはいうまでもないところ、本件におけるごとく、課税処分の取消訴訟に併合して不当利得による既納税額の返還を求める場合のように形成効を前提とする請求権を請求する場合には当然に右の予じめ請求をする必要性があると解するを相当とするから、上記の被告東京都に対する不当利得の返還請求は、訴の利益があるというべきである。』

二  さて、改正地方税法の規定によれば、地方団体の長は、過誤納にかかる地方団体の徴収金(過誤納金)があるときは遅滞なく還付しなければならない(改正地方税法一七条)とし、この場合においてその還付を受けるべき者について納付し、または納入すべきこととなった地方団体の徴収金があるときは、過誤納金をその地方団体の徴収金に充当しなければならない(改正地方税法一七条の二第一項)と定め、これらの規定により過誤納金を還付し、または充当する場合には、更正、決定もしくは賦課決定または過少申告加算金、不申告加算金もしくは重加算金の決定により納付し、または納入すべき額が確定した地方団体の徴収金については、当該過誤納金にかかる地方団体の徴収金の納付または納入があった日の翌日から地方団体の長が還付のため支出を決定した日または充当をした日(同日前に充当をするに適することとなった日があるときは、その日)までの期間に応じ、その金額に年七・三パーセントの割合を乗じて計算した金額(還付加算金)をその還付または充当をすべき金額に加算しなければならない(改正地方税法一七条の四第一項)とされているところ、右還付加算金の割合は、原告が本件処分により不動産取得税を納付した昭和三〇年二月から五月当時においては過誤納金の金額一〇〇円につき一日四銭の割合と定められていたが、昭和三〇年法律第一一二号による地方税法の改正により昭和三〇年八月一日以後の期間については過誤納金の金額一〇〇円につき一日三銭の割合と改められ、さらに昭和三八年法律八〇号による地方税法の改正により昭和三八年四月一日以後の期間については過誤納金の金額一〇〇円につき一日二銭の割合と改められ、ついで昭和四五年法律一三号「利率等の表示の年利建て移行に関する法律」(昭和四五年四月一日施行)により右一日二銭の割合は年七・三パーセントの割合と改められたことは当裁判所に顕著な事実である。

三  してみると、被告東京都は、原告に対し金一四、二二〇、七一〇円およびこれに対する昭和三〇年五月二二日から同年七月三一日では一〇〇円につき一日四銭の割合、同年八月一日から昭和三八年三月三一日までは一〇〇円につき一日三銭の割合、同年四月一日から昭和四五年三月三一日までは一〇〇円につき一日二銭の割合、同年四月一日以降右支払いずみにいたるまで年七・三パーセントの割合による金員を不当利得金(過誤納金)として返還する義務があるといわなければならない。

第三結論

よって、原告の本訴請求のうち、被告所長に対する請求は理由があるから、これを認容し、被告東京都に対し金一四、二二〇、七一〇円およびこれに対する昭和三〇年五月二二日から完済に至るまで一〇〇円につき一日三銭の割合による不当利得金の返還を求める請求は、前記第二の三において認める程度において、これを正当として認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、なお、仮執行の宣言はこれを付さないのを相当とするからその申立てを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官仙田富士夫および裁判官村上敬一は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 杉本良吉)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例